正念場を迎える2010年度のネーミングライツに向けて

はじめに

 ネーミングライツビジネスが国内で導入・浸透するようになり、既に導入実績は100件を優に超えるようになった。初めてネーミングライツが導入された東京スタジアム(味の素スタジアム)は2007年に契約更新し、旧契約とほぼ同じ契約条件のもと引き続き国内ネーミングライツ市場は成長とは言わずともある程度の相場観の形成が出来つつあるかに見えた。

 しかし2009年度に入り景気がさらに後退するのに伴い、企業の広告宣伝費が大幅に削減され、ネーミングライツ市場も同様に冷え込みを見せるようになった。同様に、ネーミングライツの相場も従来と比べて大幅に下落した。相場の下落を示す例の1つが、既にネーミングライツを導入していた施設への再募集時の契約条件である。例えば、5年×4億7,500万円で2010年に契約を満了した横浜国際競技場(日産スタジアム)。募集活動を行ったものの、景気の後退などから募集状況は芳しくなく、最終的には従来と同じ日産自動車がスポンサーとして契約締結する運びとなった。だが、日産自動車とて世界的な景気後退の中でもがく身、2010年3月から開始した新たな契約条件は3年×1億5,000万円(従来の約1/3)に下落した。他にも、契約にはなかなか至らない地方の公共施設や、従来の相場とは大幅に外れた価格に基づく公募案件も多く目立つようになった。価格の下落が続いたという特徴が挙がる一方で、ネーミングライツが導入される対象がさらに多岐に渡るようになったことも、また大きな特徴である。トイレ、歩道橋など、ホールやスタジアムと比較して露出が極めて限定されるものへの導入が相次いだ。ネーミングライツの対象の多岐化は日本だけの動きでなく、アメリカでも同様の傾向を示している。直近では、ハードロックホテルの中にあるホールのように日本ではまだ導入されていないような類いのものへも普及しているようである。


景気後退以外に相場が下落した要因

 ここで、昨今の国内のネーミングライツの相場がアメリカと比較して大きく下落している理由を検討してみたい。アメリカのネーミングライツ市場も、景気の後退によって冷え込んでいることは事実である。NFLの人気チームであるダラス・カウボーイスの本拠地のようにネーミングライツ導入の募集をかけたものの、残念ながらネーミングライツの導入には至っていないケースも見受けられる。それでも、中にはスーパーボールが開催されたSun
Life Stadiumのように5年×4億円(推定)のように上記の日産スタジアムとは規模が大きく異なるケースもあるなど、景気後退だけが日本のネーミングライツの相場下落原因と判断することは難しい。では、日本のネーミングライツの相場がかくも大幅下落した原因はどこにあるのか。

 これまでの動向を調査し続けてきた経験から、下落の原因に以下の2つあるのではと理解している。
  a) ネーミングライツの成功事例を生み出せなかったツケ
  b) CSR効果がもたらすジレンマ

a) ネーミングライツの成功事例を生み出せなかったツケ

自治体などがネーミングライツスポンサーを募集する際に発表する募集要項。ネーミングライツには対象物に命名する権利の他、その対象物を活用してイベントを催す権利が付帯条件(=スポンサーメリット)として提供されることが多い。スタジアムやホールの場合だと、無料で年間10日まで利用できるなどだ。募集要項にはこれら付帯条件が記載されるケースが多い。だが、国内でこれまでに自治体などが発表した募集要項を見返してみても、どこも同じような条件が多い。施設を無料で利用可能、隣接施設への命名も可能などだ。筆者の記憶によると、取り立てて斬新かつスポンサーにとっての「メリット」となるような付帯条件を提案しているものはほとんどない。どこも前例に倣った内容で、違いはと言えば日数など数字の調整というレベルである。スポンサーがネーミングライツをどのように活用したいのか。また、施設がスポンサーにどのようなメリットを提供できるのか。洗い出しが不十分なまま、施設運営費を軽減したいからネーミングライツを募集したという運営者側の都合が見え隠れしているようなものも散見するのが正直な印象である。

ネーミングライツとは施設運営者とスポンサー双方が知恵を出し合ってメリットを最大化するための仕組みの一つである。したがって、現状の無難な状況はいささか残念というかもったいないという印象を抱かずにはいられず、金額・期間ともに下落が起きそうな今後に向けて、運営者側から積極的なスポンサーメリットの提案を行っていって欲しい。スポンサーに立場に立った企画力の欠如が目立ったネーミングライツの1周目。ぜひ、2周目はスポンサーメリットへのこだわりを見せて、ネーミングライツの成功事例を積み上げて欲しい。

 b) CSR効果がもたらすジレンマ

ネーミングライツには大きくPRとCSRの2つの効果がある。日米ではこの2つの効果の活用について違いがある。例えば、アメリカではネーミングライツを取得した場合は施設の中にショールームを設置するなどスポンサーをアピールするケースが多く見受けられる。しかし日本についてはいくつかのケースではショールームに類似した活用はされているものの、その規模は小さく、さらには大半のスポンサーが名前を付けることにとどまり、その後の活用については積極的に取りくめていない。5年契約であれば、スポンサーが契約期間中に権利を大いに活用すればよいものの、露出のピークが契約時のプレスリリース発表時という極めて残念なケースが多々見受けられる。

アメリカのように大いにアピールしないのは、スポンサーがPR下手だからなのか。確かにそれも要因の一つだろう。ただ、CSRとしての性格を帯びたネーミングライツを利益拡大のための道具に活用すると却って反感も抱かれかねないとの遠慮にも似た心理によって積極的な活用を回避しているのも要因として考えられないだろうか。もしネーミングライツが持つPRという側面をより強く強調できるのであれば、スポンサーはショールームの設置やイベント開催時の商品・サービスのアピール活動などを積極的に展開できるし、そのような付帯条件の提供を積極的に運営者側が行うことでより理想的な契約条件を勝ち取ることが叶うだろう。CSRというネーミングライツが持つ特性によって、スポンサーと運営者がネーミングライツという仕組みを有効活用できていないのであれば不幸な結果を招いてしまっているのかもしれない。

「企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)」と解されるCSRを「企業と社会の関係作り(Corporate and Society Relationship)」と置き換え、双方が力を入れすぎることなく自然なスタンスで関係構築・維持していくこともネーミングライツ普及のきっかけとなることだろう。

相場の下落を防ぐために

 ネーミングライツビジネスは新規契約案件が今後も増える(案件の種類は多岐にわたる)一方で、味の素スタジアムや日産スタジアムのように更新案件が今後も増大して行く。昨今の景気状況を踏まえると、既存スポンサーに従来と同じ条件で契約更新に至ることが最も望ましい結果である。施設運営側に取っては、本質的には運営費負担の軽減がネーミングライツの導入理由である以上、負担を極力軽減できるような条件での締結を目指すことが課されたノルマである。しかしそのノルマの達成は、募集時にスポンサーへの交渉を強気に進めれば実現する訳ではない。交渉の前から決着はほぼついているのである。どの時点で決着がついているのか。スポンサーは更新前の契約期間にどのくらいのメリットを享受できたのか、それも加味して交渉に臨む。もちろん、交渉時のスポンサーの財務状態にもよるだろう。しかし、契約期間中に大きな露出効果があると世間一般が認めているなら、更新なくとも他のスポンサーが新たに名乗り出る可能性は十分考えられる。契約期間中の施設運営者の積極的なサポートがあってこそ、更新時の交渉が優位に進められるのである。期間中のサポートも不十分な中で、「日頃のお付き合いから」や「地域貢献してくれるなら」という意識に基づいて安易に条件を下げて本来の目的を見失うことはもはやネーミングライツ「ビジネス」とは言えないし、ネーミングライツの本質を逸脱しているとも評価できる。施設運営者には、契約締結がゴールでなくスタートであり、それは契約更新に向けたスポンサーの評価がスタートしたものだとの認識に基づいて、ネーミングライツに取り組んでもらいたい。


 最後に、未だに国内では外資系企業のネーミングライツ取得が行われていない(ナイキはまだ正式取得に至っていないので対象外)ことを指摘したい。運営者側が地元企業を優先している、外資系企業が国内のネーミングライツに魅力を感じていないなど理由は色々と想像できる。だが世界に目を転じてみると、アメリカに限らず諸外国では外資系企業のネーミングライツ取得が積極的である。2011年から始まる上海アリーナのネーミングライツはメルセデスベンツが落札した。契約期間10年間(総額10億円弱)と、日本のプロスポーツ施設に導入されている契約条件と年単価ではほぼ同程度のものであるが、約300㎡のショールーム併設やアリーナ利用のアーティストなどの送迎にメルセデスを利用してアピールする権利を取得している。メルセデスが上海アリーナの権利を取得するように外資系企業がネーミングライツを取得する理由は、施設に国際的な露出が期待できることや、施設のある地域・国がスポンサー企業にとってビジネス的観点から大切な市場であることの表れである。ならば、日本の施設に外資系企業のスポンサーが名乗りを上げないのはもはや市場としての魅力を失っていることの表れなのか。市場としての魅力を失っている上に、アピールをする機会を削がれるとの印象を外資系スポンサーに植え付けるようなことがあれば、スポンサー候補は自ずと絞られますます買い手市場となり、運営者にとっては苦しい交渉が脳裏をかすめる。

 企業誘致の性質も持ったネーミングライツビジネスが、スポンサーを中心とした各ステークホルダーのメリットを最大化できるよう、運営者が積極的に仕掛けを構築・提案して目的を達成することを期待したい。

 2010年度は数多くの契約更新を控えた年。運営者は先手を打って契約を有利に進めたいところだ。

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