広告業界の衰退を景気悪化のせいにして良いのか? -データから今後のヒントを探ってみる-

1.はじめに

広告業界に元気がないのは、既に多くのところで触れられている通りである。その原因として、広告主の元気がないから、さらには広告主の最終的な取引先であるエンドユーザーの消費が落ち込んでいるからという指摘が多くを占めている。確かに、要因の1つとして間違っていない。しかしこの要因を受け入れて成長に向けた努力を怠れば、多くの広告会社はたちまち時流に飲まれて転落の一途をたどってしまう。諦めたとき、残されているのはビジネスからの撤退のみなのだ。

元気がない広告業界にあって、広告会社が生き残り・成長するためのヒントはないものか?広告会社が自己改善する点はないのか?広告主が広告会社に対しどのような認識を持っているのか。広告主の認識を把握して広告会社各社が今後進む方向性を見出すことが必要なのではないか?日経広告研究所『広告動態調査』の2009年版と2008年版のデータから読み解きたい。

広告動態調査―主要企業の広告宣伝活動と意識〈2009年版〉
日経広告研究所
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2.パイが縮小する一方で新規取引先獲得を実現する広告会社も

まず、広告業者の倒産件数が多いという発表から、広告業者と広告主との取引件数が大幅に減少しているだろうとの仮説に基づき広告主の取引先変更状況を見てみた。すると面白いことに、広告会社を替えたという回答はわずか15%程に過ぎず(データ間にタイムラグがあることは考慮必要)、その比率は前年度とほぼ同じである(図1a)。多くの広告主が広告会社の変更を行っていないにも関わらず業界全体のパイが縮小していること、すなわち広告会社1社当りの売上減少および、その結果として体力のない会社が倒産に至ったと理解できる。取引広告会社数の増減取引広告会社数増減の内訳

取引先を替えたと回答している広告主(図1aの「緑」)の内、取引広告会社数を減らしたのは前年と同数である一方、取引先数を増やした広告主が減らした広告主よりも多いと同時に増えていることは意外な事実だ(図1b)。「広告業界の衰退=取引広告会社数の減少」との仮説がかなりの確度で正しいと予測しがちだが、実態は全く逆で増大している。こうした状況を生み出した背景に、広告主が既存とは異なる広告会社との取引関係の構築に積極的に乗り出したことと広告業務を細分化して各専門に強みを持つ広告会社との取引を強化する方針にシフトするようになったからではと推測できる。近年は、インターネットやデジタルサイネージなどを活用した広告手法が台頭してきているだけに、これらの広告手法に秀でた広告会社には新規参入の機会が生まれているのである。


そのほか、取引先数は変わらずとも取引先を替えた広告主が増えている点も注目したい。この点も、広告主が既存の広告会社との関係をシビアに評価・判断し、成果を求めてコンペを行うなどして積極的に広告会社の選別を行うようになったとの表れや広告媒体の変更に伴う広告会社の変更によるものだと判断できる。

少なくとも、広告業界全体のパイが縮小していようと、広告の存在意義は失われておらず、一概に広告業務そのものが不要だと判断することは時期尚早である。むしろコストに敏感な広告主が、価格と品質の観点から従来と比較してより積極的に発注先を選択するようになったことが顕著になっている。これら広告主と広告会社との関係は、過去の取引関係の有無や人間関係といった俗人的なつながりなどから直近の課題への解決能力を基準に構築・維持されるように変化してきていると考えられる。

では、こうした状況で、各広告会社はどのような戦略を構築することが求められるのかを次章以降で明らかにしたい。

3.受け身の広告会社に道はない

前述のように、取引先を変更した15%の広告主はどのような経緯から変更に至ったのか。図2では、変更理由を2008年のデータの中から多い順に並び替えた。興味深いのが「広告会社からの提案」(2007年は選択項目に挙がっていないため変化は把握できず)。逆風が吹く中でも、自ら企画立案して広告主に売り込むことが生き残るための正統的な策なのは言うまでもない。

広告界社変更のきっかけその他に目に付くのが「『新製品発表』に合わせて」という回答。新製品発表に合わせて既存取引先と新規取引先にコンペで競わせて、過去の実績よりも提案内容の質・価格から最適な取引先をゼロベースで選び出すように変化してきていると判断できる。既存取引先との取引関係に緊張感を持たせたり既存の取引条件を見直したりと、「新製品発表」というタイミングは取引関係の見直しにおいて好ましいタイミングで、取引関係を築けていない広告会社にとっては新規開拓の最大の機会が訪れているとの見方もできる。まさに現在の広告業界は下克上の世界にあるといっても過言ではない。ただし、コンペにはすべての広告会社が参加できるわけではなく、広告主の指名があって初めて参加できるものであるため、新規獲得を目指す広告会社はコンペに参加できるような仕掛けなどを構築し、広告主の目に留まるようにしておかなければならない。

その他に特徴として挙げられるのが、「新製品発表」のように前年は変更のきっかけとして大きな要因を占めていなかったものが、2008年には要因の第2位に挙げられるように広告主側に大きな変化が生じている点である。こうした広告主の変化に、絶えず広告会社が敏感に反応できるような体制、いうなれば能動的に情報を収集する仕組みの構築も求められる。

4.現状打破には「委託」·「期待」件数の増加が見られる業務を

広告業者にとっての取引先である広告主は果たして何を求めているのか。そこを把握しないで今後の策を打つことは、暗闇に向かって鉄砲を撃つようなもので現在の苦境をさらに泥沼化するだけだ。例えば、既存取引先のニーズは直接探るという方法が最も手っ取り早い。しかし、広告主全体の傾向を把握するというのも決して怠ってはならない(図3a)。というのも、既存広告主のリクエストが常に正しいとは限らず、広告主がかれらの競合に勝つためにはその業界の動向なども把握した上での客観的な提言に価値が見出せるからだ。極めて常識的な指摘であるが、広告主の意向にされてしまいがちな中で、一歩引いた目で提案することが、広告主の成長に貢献できるのであれば怠ることはできないはずだ。

広告界社への期待さて、図3a.で特に目を引くのが、2008年の期待項目上位5つのいずれもが2007年に比べて増えている点だ。広告が効きにくいとも言われる時代だからこそ、広告主の広告会社に対する期待は増していると理解できるデータだ。また、3章で「クリエイティブ能力を考えて既存広告主を変更した」という回答が多かったことを示したが、図3a.でもクリエイティブ能力への期待の高さが際立っている点は見逃せない。クリエイティブ能力は競争力を業界内で保つ上では欠かせないと断言できる。何を持ってクリエイティブ能力とするかは各社の判断による部分もあり、ある広告会社はクリエイティブを制作能力と解釈したりある会社は企画力と解釈したりと様々であれ、広告主の成長を後押しする提案力を広義のクリエイティブ能力と解釈したい。

業務委託と期待の変化広告会社への期待は図3a.で示した通りだが、さらに踏み込んで広告主による業務委託件数と広告会社へ期待の増減をまとめたのが図3b.だ。横軸が委託業務の増減、縦軸が期待の増減を示している。この分析に当っては、次の2点の留意が必要である。1つ目は、委託業務と期待の増減値は、2008年と2007年の値の差を用いていること。2つ目は、委託業務と期待への回答でそれぞれの元データから類似したモノ同士の数を合算するなどデータを加工していること。

これらを踏まえて、図3b.の各象限の特徴は表1.のようにまとめられる。

【表1.業務委託・期待の増減関係】
象限 業務委託増減
(横軸)
期待増減
(縦軸)
特徴
+(プラス) +(プラス) 今後も発注拡大が期待できる業務
-(マイナス) +(プラス) 差別化に成功した広告会社に委託集中が見込まれる業務
-(マイナス) -(マイナス) 規模の縮小が見込まれる業務
+(プラス) -(マイナス) 価格優位性のある広告会社に委託集中が見込まれる業務

第Ⅰ象限に属する業務は委託件数・期待がともに増えていることなどから、多くの広告会社にとってこれからの収益源として期待がもてる。また、第Ⅰ象限に分類される業務には、第Ⅱ、Ⅳ象限に属するものに比べて差別化・価格競争が激しくなく、中堅の広告会社にとっても参入してトップの地位を築くことが可能なものでもある。もし、現状のままでは成長が見込めないのなら、第Ⅰ象限に分類されている業務に進出してみる戦略を採用してはどうだろうか。広告主の期待を上回るアウトプットの提供によって、新たな収益源の確保と安定的な受注を実現できるかもしれない。ちなみに、期待が「-(マイナス)」を示す項目も元データではあるが、業務委託でのデータが取得できておらず図3b.に反映できないため、図3b.では第Ⅲ・第Ⅳ象限のデータがないことを加えておく。

5.まとめ

データの一部を活用して、広告業界の置かれている状況を広告主の視点から明らかにしてみた。活用したデータ・サンプル数はほんの一部であり(活用した設問においても、回答件数が多いもののみ)、日常業務で出くわす実態と乖離しているとの指摘はあるだろうが、一般的な傾向として業務に活用することは一概に的外れとは断定できない。各広告会社は置かれた現状に嘆くのでなく、既存取引広告主との関係を絶たないよう与えられた機会を確実にモノにすると同時に、次々と誕生する広告のカタチに置き去りにされよう日々成長していかなければならない。自社のリソースや広告主および広告主全体の傾向に基づき、これから注力すべき業務を選択し集中していくことがより求められていくことはいうまでもない。

他社より魅力的かつ説得力に富んだ広告主の成長が見込める提案を行ったとき、広告主が貴社を選ぶ確率は否が応でも上昇するだろう。そして、未だに85%にも及ぶ広告主が広告会社の変更を行っていないことから、信頼を獲得して関係を構築した広告主からリピート発注を獲得できる確率も高まるかもしれない。

現状を嘆いて下を向くのではなく、前を向きピンチに果敢に挑みながら新たな競争に勝ち抜くための戦略構築に取り組むことを強く勧めたい。