そのデータに判断を委ねられますか? -ソフトバンク携帯のTVCMを参考に考える-

1.はじめに

このところ、ソフトバンク携帯の電波が他社よりつながりやすくなったというTVCMを頻繁に目にする。

他社との比較調査結果がグラフで示され、思わず「ソフトバンク凄い!」と言ってしまいそうだが、一方でこのTVCMの内容を真に受けられない自分がいる。失礼ながら、繋がらない携帯の代名詞であるソフトバンクが「つながりやすさ」で他社を上回るとは信じがたいからだ。だいたい、TVCMで示す「つながりやすさ(通話接続率)」とはどういうことなのか。「通話接続率」の定義がどうしても気になる。「率」である以上、分母と分子で何を比較しているのかを知りたい。時間なのか、回数なのか、カバーエリア面積なのか。

この定義を明確にしないまま数字が一人歩きするのは、「モヤモヤ」する。あいにく、15秒や30秒のTVCMでは「モヤモヤ」の解消される情報は手に入らない。

そこで、「モヤモヤ」を解消すべくソフトバンクのCMサイトにアクセスして調べてみた。

どうやら、

「つながりやすさ(通話接続率)」=「音声通話が成功した回数」÷「音声通話をかけた総回数」

のようだ。
「回数」を測定·評価していることが理解できた。

ただ、定義を知っただけでは満足できず、調査方法なども気になり、調査を行ったイプソスの発表資料にも目を通した。

2.適切な調査サンプルか?

まず、どのようなサンプルから調査を行ったのか。

18歳(高校生)~69歳男女
各キャリア約10,000名
スマートフォン利用者(NTTドコモ:約3,400名、au:約3,700名、ソフトバンク:約5,300名、計:約12,400名)、
従来型携帯電話利用者(NTTドコモ:約6,600名、au:約6,300名、ソフトバンク:約4,700名、計:約17,600名)、
iPhone 5利用者(au:約950名、ソフトバンク:約1,550名、計:約2,500名)
オンライン/オフライン調査パネルの調査協力許諾者
* iPhone 5は、サンプル数を確保するため各キャリア10,000名以外に追加で設定しています。
* スマートフォン利用者12,400名のデータには、追加で設定した分のiPhone5の利用者を含んでいません。

調査サンプル内訳

各キャリア約10,000人を対象に調査を行なっている。ただ、なぜキャリアのサンプル数(総数)を約10,000人ずつで統一し、各キャリアの約10,000人をスマートフォン利用者と従来型携帯電話利用者に振り分けたのか。さらには、キャリア内のスマートフォン·従来型携帯電話比率を反映するのであればキャリアのシェアも反映したほうがより実態との整合性を保てるのでは?このサンプル振り分け方では、ソフトバンクのスマートフォンが最も多く流通しているような錯覚を抱かされる。

携帯キャリア別契約数シェア

ちなみに一般社団法人電気通信事業者協会が発表している「事業者別契約数」で示されているように、各キャリアの契約数は等しくない(右図)。キャリアのシェアおよびキャリア毎のスマートフォン・従来型携帯電話比率を反映すると、スマートフォン利用者のサンプル比率はおよそ下図のようになる。ソフトバンクのスマートフォンユーザーのサンプル比率(42.7%)が実態(32.8%)と異なって大きい。ソフトバンクユーザー1人の重み(1人の受信の成否が調査結果に与える影響度)が実態と乖離して軽い点は、データを取り扱う上で注意が必要である。

携帯キャリア別スマートフォンシェア

シェアの推移をリアルタイムで取得してサンプル数に反映することは非常に難しい。したがって、スマートフォン利用者・従来型電話利用者のサンプル数を各社統一して(例えば、5,000人ずつなど)比較した方が調査結果への信頼度が高まったのではなかろうか。

3.妥当な調査方法か?

調査は次の通り行われた模様だ。

携帯電話に対する固定電話回線からの音声通話の発信
● 協力者あたり月間15回
● 7時-23時までの時間帯で、ランダムに発信

softbank通話調査調査では「固定電話」から「携帯電話」への音声通話の発信のみを対象にしている(右図実線矢印)。「携帯電話」同士や「携帯電話」が受信するケースは対象外だ。イプソスの調査員が調査センターの固定電話から発信して調査するため「固定電話」⇒「携帯電話」のみを調査対象としたのが理由だろう。つまり、調査上の制約により調査対象が限定されているのである(もちろん、あくまでも対象を限定した理由は想像の範囲である)。「『携帯電話』から『固定電話』への発信」や「異なるキャリア間での受発信」との間で調査結果が異ならないのであれば大きな問題ではないが、「つながりやすさ」に違いが生じるのであれば、限定された条件下での調査であるとの前提に基づいて判断しなければならない。


上で述べたように調査では「音声通話が成功した回数」を数えている。「音声通話が成功した回数」とは何を持って「成功」としているのか。「もしもし」と一瞬だけ声がつながって「成功」とカウントするのか、それとも例えば5分間の継続した通話をもって「成功」とするかで厳密には結果が異なる。受信者が移動中なのか、基地局が充実した地域の受信者ばかりがたまたま調査対象となっているのかなど、検討要素を挙げたらキリがない。しかし、厳密にデータを評価するのであれば様々なケースがあることを想定した上で、その中からどのような条件で収集されたデータなのかの理解に基づいた判断をしたい。

なお、調査は2012年7月18日から開始され、毎週の「つながりやすさ」を集計している。34週集計され、ソフトバンクが1位を獲得した(下グラフで日付が灰色になっているもの)のは12週。2013年に入ってから、ソフトバンクの優位性がグラフから伺える。

携帯キャリア3社の通話接続率(スマートフォン)推移

ただし、しつこいがこれらは「固定電話」⇒「携帯電話」など上記で明かした特定の条件に基づく結果である。

4.データを安易に鵜呑みにして判断を誤らないために

softbank通話調査一般的な調査の段取りは、右図のように「企画·設計」から「発表」の流れで構成される。

今、世間ではビッグデータの経営判断への活用に関心が集まっている。中·下流の「加工・分析」がとりわけ熱い。だが、入念な上流の「企画·設計」や「データ収集」なくして、ビッグデータの活用で注目を集めている「加工・分析」の成功はおぼつかない。不完全な上流工程は、誤った判断を生む可能性を大いに高める(データ量が多く分析が複雑であればあるほどリスクは大きい)。調査担当者はデータ分析能力を高めるだけでなく上流の企画的視点を備え、調査の妥当性などを絶えず確認しながら業務に携わるべきである。また、データを参考に経営判断を行う立場の者は、調査が行われた背景·条件を確認·理解した上でデータを活用しなければ、誤った地図(データとそれに基づく提言)に導かれて迷走してしまいかねない。

データを活かすも殺すも、データを導く上流の企画力とそれを見抜く判断力が問われる時代がやってきた。
決して、目の前のデータだけに判断を委ねず一歩冷静になって調査の前提などを確認しながらデータを取り扱おう。