欧米人が奴隷になった歴史があるとは知らなんだ 『奴隷になったイギリス人の物語』

近所の書店で並んでいるのを見て気になってから約2年経ち、ようやく手にとって読んだ作品。
奴隷になったイギリス人の物語』。
もっと早くこの作品に出会ってるべきだった。
この作品は、大西洋沖で頻繁に現れていた海賊に、イギリスを始めとした欧米諸国の船乗りや漁師たちが誘拐されて遠い北アフリカのモロッコなどの国々に売り飛ばされて奴隷にされた人々について記述した作品。
ところで、そもそもぼくは欧米人がモロッコなどのイスラム諸国で奴隷として働かされていたという歴史を知らなかった。
奴隷といえば、せいぜいアメリカでの事例くらいしか知らなかったので、この本のタイトルを見ただけで大いに興味がそそられたし、タイトルだけだとわずかな数の人しか奴隷になっていなかった印象を受けていた。
けれども、本書の中で書かれているように、欧米から誘拐された奴隷は100万人以上にものぼり彼らはスルタン(王)が住む宮殿の建築や反乱分子や盗賊の成敗で大きな役割を果たし、当時の社会の発展を底辺で支えていた。
一方で、スルタンをはじめとしたムーア人(イスラム人)からは意のままにならないとすぐに処刑されたり、無理やり改宗させられる(キリスト教のままだとすぐに処刑など)などおよそ人間とはかけ離れた扱いを受けるという過酷な環境に置かれていた。
こうした環境の中でうまく立ち回りスルタンの側に仕えて、最終的には脱出に成功して故郷イギリスに戻る男の話は実に読み応えがあり、普段は斜め読みをすることが多いぼくも本作はじっくりと一文字一文字追いかけたために読了までに随分と時間がかかってしまった。
もちろん、奴隷の置かれた状況に対し、欧米は目をつぶっていたわけではなく、イギリスからは外交使節団が何度もモロッコを訪れ奴隷解放を求めて交渉するものの、スルタンの巧妙な手口の前に成果を上げることができず、この辺りは北朝鮮の拉致問題を解決すべく奮闘する日本の外交筋にも似たところがあるなという印象を持った。
人類の間に脈々と流れる「宗教」という対立軸は、長い歴史の間で悲劇しか生み出さず、この先も宗教は対立のみしか生み出さないのではという悲観的な気持ちになってしまった。
母の実家は寺で仏教に近い身のぼくだけど、どちらかというと宗教に対しては否定的なスタンスをとっていて、この作品を読んでさらに宗教ってなに?という気持ちがさらに強くなった。
宗教というものは、言葉では「愛」を唱えていても、実際に生み出しているのは「憎」なのでは?
北朝鮮による拉致問題、移民問題などさまざまな課題に直面している日本で、どうして本作がもっと注目されないのだろうという気持ちが湧くと同時に、本作を日本で紹介しようと思った訳者をはじめとした人々は賞賛に値すると思う。
多くの人に読んでみてもらいたい作品。

コメントする