市名へのネーミングライツ導入を問う -今、泉佐野市が導入に向けてすべきこと-

はじめに

大阪府の南部に位置し関西国際空港の玄関口として知られる泉佐野市が、”市名”へのネーミングライツの導入を検討していると3/21(水)の報道をきっかけに知られるところとなった。市はまだ検討段階とコメントするにとどめているものの、「契約期間は1-5年」、「スポンサー候補は国内外の企業を対象とする」などの報道が漏れてきていることから、既にある程度の方向性が内部で定められつつあると理解できる(3/28時点で泉佐野市公式HPでの発表なし)。

さて、突然湧いた泉佐野市のネーミングライの導入であるが、泉佐野市は市名にネーミングライツを導入しなければならないほど財政状況が悪化しているのか。財政状況を評価する指標として「将来負担比率」、「実質赤字比率」、「連結実質赤字比率」、「実質公債費比率」の4つがある。これら財政指標のうちいずれか1つ以上が基準に達している場合、自主的かつ計画的に財政健全化を図るため財政健全化計画を策定することが義務づけられている。泉佐野市は「将来負担比率」で基準に達しており、財政健全化計画を策定することが義務付けられている。なお、「将来負担比率」とは、一般会計に対して将来支払わなければならない負債がどの程度あるかを示すものである。なお、「将来負担比率」の全国平均は平成21年度普通会計決算に基づくと92.8%であり、基準である350%を超えているのは、泉佐野市など数えるほどしか該当していない。そして、財政健全化計画策定を義務付けられているのが全国で6市区町村のみということからも、泉佐野市の財政状況は極めて深刻なものであることが理解できる。このように、歳出削減と同時に歳入拡大にも努めなければ財政が立ち行かなくなる状況で泉佐野市が目をつけたのがネーミングライツというわけだ。

では、市名へのネーミングライツの導入は財政再建の切り札として期待できるものなのか。これまでの日本でのネーミングライツの歴史などを振り返った上で、その導入の成否そして泉佐野市へのアドバイスを簡単に紹介したい。

過去10年で変化を見せる国内ネーミングライツ事情

2003年に東京スタジアム(味の素スタジアム)にネーミングライツが導入されたのをきっかけに、国内での認知度が徐々に高まってきたネーミングライツ。国内でのネーミングライツの歴史は約10年を数え、その間にさまざまなものへ導入されてきた。筆者自身も2010年頃まではネーミングライツの案件数などを全てまとめてきたものの、それ以降は地域で露出が限定された案件なども多く誕生するようになったことなどから、今では正確な導入件数などは把握できないほどになった。

さて、10年ほどにも及ぶネーミングライツの歴史であるが、過去10年の間にネーミングライツは次の3点のような変化を見せている。

1. 大型案件から小型案件へ
2. 全国区から地元密着へ
3. 販促目的から社会貢献へ

1. 大型案件から小型案件へ

ネーミングライツ黎明期はプロスポーツ施設や大型ホールなど全国的な知名度が高く、それがために契約金額の大きなものが多くを占めていた。したがって、契約締結した際には、全国紙で紹介されるなど大きな注目を集めることが多々あった。しかし、時が経つにつれ、ネーミングライツの導入可能性の高い大規模な施設があまり残されていない、導入可能性のある施設にネーミングライツを導入して少しでも財政負担を軽減しようとする募集側の意向から、露出が限られ契約金額の低いものへと次第に導入される施設の種類は多様になった。

2. 全国区から地元密着へ

大型案件がその露出を全国に広めているのに対し、小型案件は全国的な露出が期待できず、むしろ地域の住民との関係強化(好感度向上など)を目的として取得されるケースが増えてきた。したがって、スポンサーも地域密着を狙う小売店や金融機関などが増えるように変化しつつある。

3. 販促目的から社会貢献へ

スポンサーがネーミングライツを取得する主な目的として販促強化と社会貢献が挙げられる。黎明期には全国的な露出が見込めるなどの理由から販促強化を目的とした取得が目立った。しかし、時が経つにつれ、また、企業の社会貢献意識の向上などからネーミングライツの取得目的に社会貢献を挙げるスポンサーが増えてくるようになった。社会貢献の一貫として位置づけられる環境活動を促進する意味合いから森林のネーミングライツを取得する企業が近年増えていることはこうした傾向の証左と言えよう。

以下、過去10年間のネーミングライツの大きな変化を踏まえ、泉佐野市へのネーミングライツの実現性について考えたい。

市名へのネーミングライツ導入に関する提言

ネーミングライツが一般的な商取引と異なる最大の点は、その契約の当事者以外の意向が強く影響する点である。一般的な商取引であれば、売り手と買い手の交渉を通じて合意点を形成すれば契約が締結する。しかし、ネーミングライツに関しては売り手と買い手が合意に達しても、名称を活用する住民のによる理解・協力がなければ契約締結に至らない点は大いに留意しておきたいところだ。

ネーミングライツ契約の特徴

例えば、泉佐野市と同じ大阪府に位置する大阪ドーム(京セラドーム大阪)の例では、当初このドームには「京セラドーム」との名称が予定されていた(「大阪」が入っていなかった)。しかし、「大阪」を入れないとネーミングライツを取得することを認めないという地元住民からの主張を受けて、「京セラドーム大阪」とするようになったという経緯がある。


ネーミングライツの性質を捉えるなら、今回の正式発表前の報道は、住民およびその他関係者の生の反応をほぼ無料で収集できた点では評価に値する。後は、泉佐野市が声に対してどのような戦略を持って財政再建に取り組むのか。財政再建のための1つの手段としてのネーミングライツをどのように活用するのか注目していきたい。

以下は、もし泉佐野市がネーミングライツを市名に導入する方針を貫く場合に向けた提言だ。大きく分けて次の視点からポイントを挙げたい。

A) 泉佐野市の財政再建に値する仕組みなのか
B) 住民の理解は得られるのか
C) 泉佐野市はどのようなメリットをスポンサーに提供できるのか

A) 泉佐野市の財政再建に値する仕組みなのか

ネーミングライツを導入することによりどのくらいの収入を泉佐野市見込んでいるのかは現時点で不明だが、読売新聞によると「10億や20億円で買ってくれるなら、真剣に考えてもいい」と賛同する市議もいるようだ。確かに10億円は大きな金額である。国内のネーミングライツの単年契約額だと最高額であり、昨今の小型化するネーミングライツ案件の中では久々に注目を集めるものである。しかし、泉佐野市が10億円に目を奪われてネーミングライツを導入したところで、場合によっては泉佐野市が負担するかもしれない看板架け替え費などを踏まえれば、果たしてその効果やいかに?というのが正直なところだ。ましてや、契約期間が1-5年と短期であればなおのこと。契約満了となれば、原状復帰もしくは新たなスポンサーの看板架け替え費用が生じることも視野に入れておく必要がある。

泉佐野市の財政負担との兼ね合いの中から、あるべきネーミングライツの条件については入念に検討すべきだし、財政が厳しい状況である以上、導入にかかる歳出については厳密に見積もらなければならない。

B) 住民の理解は得られるのか

ネーミングライツ導入のメリット·デメリットについてははっきりと住民に説明をする必要がある。例えば、スポンサーとの契約によっては一部で看板の書き換えなどに伴い大幅な歳出が見込まれること、日常生活での新しい市名の取り扱いなどについてだ。現在の「泉佐野」という名称の取り扱いはどうなるのか。契約満了後はどのようなこととなるのか。住民に発生する負担としてどのようなものがあるのか(事業所であれば、必要に応じて自己負担で印刷物の刷りなおしなど)。従来の施設などへのネーミングライツの導入と異なり、住民の日常生活にまで多大な影響を及ぼす可能性が高い以上、事前に十分な説明を行わなければならず、住民の理解を得ない限りは、「そんなはずじゃなかった」という不満が導入後に住民の間で起こり、スポンサーに迷惑をかけてしまう可能性が予想される。

住民の理解・協力無くして成功は見込めないネーミングライツ。住民への説明は十分すぎるくらいしてもらいたいものだし、これができないのであれば導入は避けるべきだろう。

C) 泉佐野市はどのようなメリットをスポンサーに提供できるのか

ネーミングライツを導入する以上は、スポンサーは何らかのメリットを期待している。販促強化なのか、社会貢献なのかは各々の企業の事情によるものの、スポンサーに何らかのメリットを感じさせるような魅力が備わっていないことには応募の手が挙がってこないだろう。近年のネーミングライツに対するスポンサーの導入目的の変化などを踏まえた企画策定が望まれる。

泉佐野市として、スポンサーが応募したくなるような魅力は何で、それをどのように実現できるのか。泉佐野市としてスポンサーをどのように支援していくのか。例えば、泉佐野市にある関西国際空港の扱いについて国などと事前に協議し、スポンサーへのメリットとして含めることができるのであれば、泉佐野市にとって強力な武器として活用できるかもしれない。世界にその名を発信したい企業からの応募も見込めるだろう。スポンサーを泉佐野市の財政支援者として捉えるのでなく、これからの泉佐野市の復活に向けたパートナーという位置づけとして捉えるべきである。

なお、破綻可能性が高い自治体である泉佐野市のネーミングライツを取得し、もし契約期間中に破綻しようものなら、スポンサーのイメージを毀損しかねないわけで、スポンサーの立場からもその点については極めてシビアな評価を受けることだろう。したがって、このリスクがある以上は高額な契約金は期待できないかもしれないことへの覚悟は必要だ。

以上のように、泉佐野市へのネーミングライツの導入には極めて高い壁が立ちはだかっていると筆者は考えている。だが、泉佐野市にネーミングライツ導入の適性は全くないのかと問わればそうでないと答えたい。そして、導入に際しては2つの視点に基づいて取り組む必要がある。


1つ目は泉佐野市の魅力や、これからの街づくりのビジョンを広く発信することである。泉佐野市の置かれた状況では、財政再建のような傷口を癒すことにどうしても注力してしまいがちだが、筋力をつけることも決して怠ってはならない。PR活動の継続は、ネーミングライツを導入する際に多くの応募を呼び込むことにつながり、買い手よりも売り手が優位な立場に立って交渉を行える土台となるだろう。泉佐野市の知名度はこの度の各種報道によって広く知られることとなった。この機会をきっかけに、泉佐野市の魅力を積極的に発信していきたいところだ。

ネーミングライツを売り出すためには、商品(市)の魅力をいかに高めて販売するか。今の状況では魅力が低いままの見切り発車であり、叩き売りとなってしまう可能性すら否めない。したがって、ネーミングライツを導入するには時期尚早との判断をせずにはいられないし、この課題を解決してからでも遅くないだろう。

2つ目は、ネーミングライツを財政再建の中でどのように位置づけるかという視点である。ビジネスをしていて陥りがちなのが、「手段」と「目的」を混交し、「目的」を見失ってしまうことである。報道の流れなどから、泉佐野市へのネーミングライツの導入が、もはや「手段」ではなく「目的」と化してしまうのではないか?と危惧せずにはいられない。「目的」はあくまでも財政再建。その財政再建を実現する可能性を持った「手段」の1つとしてネーミングライツが考えられると認識する姿勢は崩すべきではない。また、現状でネーミングライツ導入を進めても、泉佐野市やスポンサー、住民にとってはほとんど良いことが見当たらないのは既述のとおりである。

むしろ、何かを「主」にして、その付帯メリット(「副」)としてネーミングライツを提供するくらいの計画のほうが、住民の理解獲得やスポンサーのメリット提供につながるのではないか?

例えば、「スポンサーは必ず泉佐野市に本社を移転しなければならない。そして新たに泉佐野市民をXX人採用すること」という条件での企業誘致(「主」)を行い、進出した企業にネーミングライツを提供する(「副」)という仕組みはどうだろう。この仕組みであれば、スポンサーが短期で撤退する可能性は低いだろうし、住民からも地域に貢献する企業としての共感・理解を獲得し、スポンサー企業イメージの向上なども見込める。もちろん、本社移転に伴い地域産業の振興や雇用の増大により税収増大も見込めるだろう。確かに、本社移転には時間と様々な手続きが必要とされる。であれば、ネーミングライツを取得する企業は2年以内に本社を泉佐野市に移転することを応募条件につけてはどうだろうか。このような条件を設定することで、ネーミングライツの短期契約というリスクを回避することが実現できると共に、移転企業には様々な優遇措置を用意し、新生泉佐野市との強力なパートナーシップを形成していく意向を発信していくことが望ましい。この案により、ネーミングライツのスポンサー候補が少なくなる可能性が高まるかもしれないが、安易なネーミングライツの導入に伴い結果的には誰も得をしないという状況を避けるためにも細心の注意を払うべきである。

上記のような2つの視点に基づいた行動をすれば、ネーミングライツの募集をかけた時に、応募する企業が現れる可能性は上昇する上、住民からの理解はネーミングライツを単体で販売する場合に比べて得やすいかもしれない。現状では募集をかけても応募企業がないという結果を招く可能性は高い。泉佐野市にはネーミングライツについての理解を深めると共に、財政再建の中で「早急に取り組まなければならないこと」と「実現効果の大きいこと」を再度見直して活動を推進してもらいたい。そして、下図の「最優先」にネーミングライツの導入が該当すると判断するのであれば全力で取り組み成功を掴みとって欲しい。

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